第2章 ── 理想のチームを、自分たちで探し当てた

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小学校卒業を控え、私たち親子は「進路」という壁に直面していた。

テクニックFCにはジュニアユースがない。サッカーを続けるなら中学の部活かクラブチームか。クラブチームなら、セレクションを受けるかどうか。

親のひいき目なしに、息子のドリブルには確かに光るものがあった。ただ、プロの世界がどれほど厳しいかは、息子自身も分かっていた。彼は以前、夏休みの自由研究で「プロ選手の平均引退年齢」や「地元のクラブチームからプロになった選手の数」を調べたことがあった。その時、小学生ながら彼はこう言った。

「プロにはなりたい。でも、怪我で終わるかもしれないし、引退した後の方が人生は長いんだよね。だから大学には行きたいし、将来役立つ資格も取れるなら取っておきたいんだ」

その言葉が、進路選びの軸になった。「通いやすさ」と「勉強との両立」、そして「個を伸ばすサッカー」。この三つだ。

まず現在地を知ろうと、Jリーグのアカデミーや関東リーグ所属の名門クラブのセレクションにも記念受験のつもりで挑んだ。しかし、そこで見せつけられたのは残酷な現実だった。

1次選考を突破しても、2次に進むと景色が一変する。そこにいたのは、そのクラブのジュニアチームの選手や特別スクール生、都県レベルのトレセンで囲い込まれた選手たちだ。体格もスピードも、小学生離れしていた。

何より、サッカーの「言語」が違った。

ゲーム形式の選考中、息子が得意のドリブルで相手を翻弄していると、チームメイトになった受験生たちから矢継ぎ早に声が飛んだ。

「持ちすぎ、はたけよ!」
「そこ出したらハメられるだろ」
「トップ落ちてきたら裏使えよ」
「行くな、ディレイだろ」

個の技術に加えてチーム戦術も身についており、勝利から逆算して動く。そこに「街のドリブラー」が入り込む隙間はなかった。

唯一の希望は、技術を重んじることで知られるある名門チームだった。スタイルが息子に合っていたのか、トントン拍子に選考を通過し、最終セレクションまで残った。ひょっとしたら、と親子で淡い夢を見たが、結果は落選。この経験が、私たちのチーム探しをより慎重に、そして貪欲にさせた。

「平日も無理なく通えて、個を伸ばしてくれるチームはないか」

相談を持ちかけたテクニックFCの監督が、ある日、一つのチームを紹介してくれた。

「それなら、ここはどうだ。スタイルはお前に合うと思うぞ」

確かに魅力的だった。ホームページを見ると「技術」を前面に押し出し、OBの進路にも技術を重んじる私立強豪校が並んでいる。ただ、場所を確認して肩を落とした。

「東京じゃないのか……片道1時間半。さすがに遠いかな」

通えない距離ではないが、勉強との両立を考えるとリスクが高すぎる。私たちは丁重に断った。

だが、この一件がヒントになった。都内ではなく、隣県という選択肢。県境を越えてすぐのエリアなら、都内の反対側へ通うより近い場所だってある。

私はPCに向かい、隣接する県の街クラブを調べ始めた。そして、見つけてしまったのだ。

「個の育成」「勉強との両立」「関東リーグを目指す」。しかも自宅から自転車でも通える、県境の強豪街クラブ。その名は、ソルジャーFC。

***

体験会兼セレクションの日。グラウンドの空気は洗練されていた。旧態依然とした怒号はなく、コーチの指示は具体的だ。セレクションを担当していたAコーチの口元が、自然とほころんでいた。

「お父さん、彼、すごいですね」

練習後、Aコーチは興奮気味に歩み寄ってきた。

「あのドリブルと遊び心、今のうちにはいないタイプです。彼のような選手が欲しかったんです」

後日見学した1つ上の代の練習試合も、私たちの理想に近かった。後ろから丁寧にパスを繋ぐ。体の向き、ボールを受ける前のポジショニング、サポートの角度。細かいところまで理にかなったビルドアップで前進し、アタッキングサードに入れば選手のアイデアとテクニックで勝負させる。

ここだ、と直感した。テクニックFCで磨いた「個」を潰さずに、強豪チームとしての規律の中で伸ばせる。しかも自転車で通える。こんな場所があったのか、という興奮だった。

最後の一押しは、Aコーチの言葉だった。

「私がこの学年を担当します。3年間、責任を持って育てます」

「俺、ここでやりたい。関東行きたい」

息子も目を輝かせている。私たちは迷いなく入団届にサインをした。

***

中学1年生の1年間は、順調だった。Aコーチは約束通り、厳しくも温かい指導をしてくれた。全員にチャンスが与えられ、息子は水を得た魚のように躍動した。持ち前のスピードとドリブルに加え、ボランチとしてゲームを作る楽しさも覚えた。夏を過ぎる頃には1つ上の学年の試合にも帯同し、ジュニア時代には縁がなかったトレセンにも合格した。

「練習キツイけど、楽しいよ」

泥だらけで帰ってきた息子が笑う。週末は妻が早起きして弁当を作り、私が車を出してビデオを回す。テクニックFC時代以上に充実した日々だった。

しかし、その時間は唐突に終わりを告げた。中学2年に上がる直前、クラブが出した「ある経営判断」によって。

「来年度から、Aコーチはジュニアチームの立ち上げに専念します」

耳を疑った。3年間見ると言った約束は。抗議する間もなくAコーチは現場を去り、代わりにやってきたのは指導経験の浅い若いOBたちだった。

そしてその背後から、1年生の試合にも練習にも一度も姿を見せなかった男が現れた。チームの絶対権力者、O監督だ。

この連載は、実体験をもとにした記録です。特定の個人・団体を指すものではなく、同様の状況で悩む方の判断材料として公開しています。※人物名・団体名・一部の設定や表現を変更・脚色しています。

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この記事を書いた人

教員免許(中高保健体育)を持つ40代の元サッカー指導者。自身もトレセンにひっかかるくらいには経験があり、大学ではサッカーの試合における”流れ”をテーマに研究。息子がジュニアユースでプレーしたことをきっかけに、首都圏のJ下部・街クラブ・中高サッカーを徹底調査。その備忘録として本メディアを開設。