息子がサッカーを辞めた日 ― ボールを蹴る喜びは、なぜ奪われたのか ―

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この連載は、私たちサッカー親子の実体験に基づいた記録です。「サカリサ」では、主に戦績やランキング、データといった“光”の部分を扱っています。この連載では少し趣向を変え、私たちが体験した”闇”の部分についてありのままを書き残そうと思います。

現在進行形で、理不尽な指導やチームの空気に悩んでいる保護者の方へ。その暗闇の先に、必ず光があることを伝えたくて、この文章を書きました。

※実在の個人・団体を特定する意図はなく、同様の状況で悩む方の判断材料になることを目的としています。そのため、人物名・団体名・一部の設定や表現を変更・脚色しています。

プロローグ ── 妻が、アップから見たいと言っている

「あなた、ちょっと! 信号青よ、早く行って!」

土曜の朝7時。休日の静けさが残る国道に、妻の弾んだ声が響いた。助手席の彼女はスマホで地図アプリを確認しながら、まるでテーマパークに向かう子供みたいにソワソワしている。

「まだキックオフまで2時間もあるぞ。ここから40分だ」
「何言ってるの。渋滞してるかもしれないじゃない。アップから見たいのよ、私は」

アップから見たい、か。私はハンドルを握り直しながら、口元が緩むのを感じた。

かつて関東中のグラウンドを血眼で走り回っていたのは私の方だった。ビデオカメラを片手に息子のプレーを記録し、夜な夜な編集に没頭していたあの頃。一方で妻は、グラウンドに響く怒号に耐えられず、自然と足が遠のいていった。息子がチームを辞めたあの日からは、リビングでサッカーの話題が出ることさえなくなった。

それが今、私の隣でソワソワしている。

これから向かう先は、天然芝のJアカデミーでも強豪クラブの専用グラウンドでもない。ごく普通の、高校の土のグラウンドだ。試合も、近隣高校との練習試合にすぎない。

それでも、私たちは行く。

息子は高校2年生になった。2年半前、「こんな理不尽なところにいたくない。サッカーなんてもうやりたくない」とスパイクを捨てた彼が、この春、再びピッチに立っている。誰に強制されたわけでも、プロを目指すわけでもない。ただ「サッカーがしたい」という、あの日奪われたはずの衝動だけで。

「……楽しみね」

窓の外を見ながら、妻がポツリと言った。その横顔は、もう泣いていなかった。

「ああ。楽しみだ」

これは、理不尽な大人に潰されそうになった親子が、もう一度「サッカーのある人生」を取り戻すまでの記録だ。