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23時を過ぎていた。
風呂から上がったKは、廊下の電気が消えているのを確認してから、そっとリビングに入った。喉が渇いていた。
台所の小さな手元灯だけがついていた。シンクの脇に、今日着ていたユニフォームとソックスが積み上げられている。泥がこびりついたまま持ち帰ってきたやつだ。
洗濯機の音がしていた。

(今日もウタマロで手洗いしてから入れてくれたんだ……)
Kは冷蔵庫から麦茶を取り出した。ありがとう、とは言えなかった。もう寝ていると思っていたから。それだけじゃなくて、なんとなく言えなかった。そういう年齢になっていた。
麦茶を飲んで、部屋に戻った。
翌日は遠征だった。
前夜、Kは自分でバッグに荷物を詰めていた。

(スパイク、ユニフォーム、タオル……まあこんなもんでいいか)

ちゃんと入ってる?確認しようか

(って、もう確認し始めてるじゃん…自分でやるから大丈夫なのに)

替えのソックスは?補食は?

(忘れたら自分のせいだし、自分でなんとかするから……)

もう自分でやるって

でも忘れ物あったら困るでしょ

(困るのは俺しだから別にいいんだけど……)
結局、バッグの中身は全部確認された。忘れ物はなかった。Kはそれに対して何も言わなかった。
翌朝6時。アラームが鳴る前に、台所から音がしていた。
Kは布団の中で目を覚ましながら、その音を聞いていた。包丁の音、冷蔵庫の開く音、弁当箱のふたが閉まる音。

(おにぎりとか買って食べるから、別に作らなくていいのに)
昨日の夜、Kはコーチからのラインを見ていた。「明日の集合時間、7時に変更」。送ってきたのが22時を過ぎていた。

(言おうとしたけど、もう寝てたし……朝でいいか)
朝になって、起き上がれなかった。重い体を引きずって台所に向かった。

集合、7時になったんだけど

(絶対「今それ言うの?」って言われる……)
しばらく間があった。

……今それ言うの?

(やっぱり言われた)
弁当は間に合った。
グラウンドへ向かうバスの中で、Kはイヤホンをつけながら思った。

(毎回これだな。言おうと思って、忘れて、朝になって、迷惑かけて。分かってるのに、なんでいつもこうなるんだろう)
帰宅したのは夜8時を過ぎていた。
遠征の疲れが足に残っていた。ご飯を食べて、風呂に入って、気づいたらソファで寝ていた。
気づくと11時だった。
部屋に戻ろうとして、脱衣所の前を通ったら、また洗濯機が回っていた。

(あ、今日のユニフォームも洗ってくれてる)
Kは自分の部屋に入って、ベッドに倒れ込んだ。

(勉強しなきゃ……でも、もう無理)
教科書を開いたまま、そのまま眠ってしまった。

(朝になったら、また洗濯物が畳まれてるんだろうな)

