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夏から秋にかけて、チームの進路面談があった。監督に呼ばれて、Sは一人でミーティングルームに入った。
「内申見たけど、オール3はあるな。○○高校、どうだ。うちから毎年送ってるし、話は通しやすい」
○○高校は県内でも名の知れた私立強豪校だ。関東大会の常連で、卒業生にはJリーガーも何人かいる。チームとして毎年パイプを使っている。
Sは少し間を置いた。
「悪くない話だぞ。セレクションも問題ないと思うし」
ミーティングルームを出て、Sはグラウンドの端に座った。
本当のことは言えなかった。
Sが本当に行きたいのは、もう少し競技レベルを下げた高校だ。
強豪ではない。県リーグの中位くらい。ただ、そこなら試合に出られる。スタメンで出て、自分のサッカーができる。○○高校に行けば、おそらくベンチか、ベンチ外だ。あれだけのメンバーが集まる中で、自分が試合に出るイメージが湧かない。
サッカーを続けたい。でも、試合に出られないサッカーは、もうやりたくない。
ただ、それを監督には言えなかった。「せっかくパイプがあるのに」と言われる気がして。チームメイトにも言えなかった。「なんでレベル下げるの」と思われる気がして。
家に帰ると、父親が「面談どうだった?」と聞いた。
父親は嬉しそうだった。子供がサッカーで名前の知れた高校に行く。それが純粋に嬉しいのだ。
Sはそれ以上何も言わなかった。「試合に出たい」とも「レベル下げたい」とも言えなかった。父親を失望させたくなかったから。
母親は別のことを考えていた。
三人が同じ食卓に座っていた。でも、見ているものが全員違った。
監督はチームの実績を考えていた。父親はブランドのある高校を喜んでいた。母親は大学進学を心配していた。Sは試合に出たかった。
誰も悪くない。ただ、Sの「本当に行きたい高校」を聞いた人間は、この日、一人もいなかった。
翌日の練習。Sはいつも通りボールを蹴った。
進路の話は、まだ誰にもしていない。
目次
グラウンドの外から、筆者が思うこと
以下は、指導者経験と保護者経験の両方を持つ筆者の個人的な見解です。正解は一つではないと思っていますが、参考になれば。
- 子供が「レベルを下げたい」と言ってきた。どう受け止めればいい?
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まず、その気持ちをちゃんと聞いてあげてほしいです。「なんでレベル下げるの」と言う前に、なぜそう思っているのかを。「試合に出たい」「自分のサッカーがしたい」という気持ちは、弱さでも逃げでもない。むしろ自分のことをよく分かっている、という証拠だと思います。
強豪校でベンチを温め続けるより、少しレベルを下げて試合に出続ける方が、長い目で見て成長できるケースは多い。
- チームの監督がパイプのある高校を勧めてくる。断っていいの?
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断っていいです。監督が勧めるのはチームの実績のためでもある、ということは頭に置きながら。監督のパイプは確かにありがたいですが、最終的に高校3年間を過ごすのは子供自身です。
「ありがとうございます。ただ、本人の希望で別の高校を考えています」と伝えれば済む話です。関係が気まずくなることを心配する保護者もいますが、それより子供の3年間の方が大事です。
- 強豪校でベンチより、レベルを下げて試合に出る方がいいの?
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一概にどちらが正解とは言えません。強豪校で揉まれることで成長する選手もいる。ただ、試合に出られない環境でモチベーションを保ち続けるのは、想像以上に難しい。
特に「サッカーが楽しくなくなった」という状態になってしまうと、取り返しがつかない。子供がどちらを望んでいるか、そこを一番大事にしてほしいです。
- 大学進学も考えると、サッカーの強さより進学実績の高い高校の方がいいの?
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これは家庭の価値観によります。ただ、一つ整理しておきたいのは「サッカー推薦で入れる高校」と「大学進学実績が高い高校」は、多くの場合一致しないということです。サッカーで強豪校に行き、大学もサッカーで、という道を考えているなら話は別です。
でもサッカーは高校まで、大学は一般受験で、と考えているなら、高校選びの軸がサッカーだけでいいのかは、一度家族で話し合ってみてほしいです。
- 子供の希望と、親の希望と、チームの希望が全部違う。どうすればいい?
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最終的に決めるのは子供本人です。チームの実績のために高校を選ぶ必要はないし、親の見栄のために選ぶ必要もない。ただ、子供が本当に何を望んでいるかを引き出すのは、親にしかできないことです。
「どこに行きたい?」ではなく「どんな高校生活を送りたい?」「3年間、どんなサッカーがしたい?」という聞き方をしてみてください。その答えの中に、正解があると思います。
登場する人物・団体はすべてフィクションです。でも、完全な作り話でもないかもしれません。