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「辞めたい」と思ったのは、一度や二度じゃなかった。
最初に思ったのは、中1の秋だった。練習がきつくて、コーチの怒声が怖くて、グラウンドに行くのが憂鬱になっていた。でもその頃、親が夕飯の後にぽつりと言った。
Mは黙って聞いていた。
合宿の案内が来るたびに、金額が書いてあった。1泊2日で2万円。3泊4日で5万円。子供経由で連絡が来るから、いくらかかっているか全部知っていた。月謝も、スパイクも、ユニフォームも。トータルでいくらになるか、なんとなく計算できるようになっていた。
これだけかけてもらってるのに、辞めたいとは言えない
練習後のミーティングで、コーチが言った。
弁当づくりや洗濯だけじゃなく、お前らの親、月謝も遠征費も合宿費も、全部出してくれてるんだぞ。その分、関東大会、全国大会行って恩返ししようぜ
みんなが「はい」と答えた。Mも答えた。
ミーティングが終わって、Mはグラウンドを出た。その言葉が、帰り道ずっと頭から離れなかった。
中2になって、チームへの不満は積み上がっていた。試合に出られない日が続いていた。練習が楽しくなくなっていた。
でも言えなかった。
Nは仲のいい友達だった。きつい練習も、理不尽な怒声も、一緒に乗り越えてきた。Nがいるから続けてこられた部分もあった。
しかも、少し前に別の選手が辞めた時のコーチの言葉を聞いていた。
あいつ、結局根性なかったな。まあ、いなくても困らないけど
ある夜、Mは自分の部屋で計算してみた。
チームを辞めて、その時間を勉強に使ったら。月謝と遠征費がなくなったら。サッカー推薦で高校にいくより、難関大学や人気大学、海外の大学など進路の選択肢が広がる高校に行けるんじゃないか。「サッカーに捧げた時間の、正直な話」で読んだことが頭をよぎった。
たかが習い事だ。プロになれるレールに乗っているわけでもない。辞めようと思えば辞められる。本来はそれだけの話のはずだ。
でも、朝早起きして弁当を作ってくれる親の顔が浮かんだ。深夜に洗濯機を回してくれている音が聞こえてきた。
結局、その夜も「辞めたい」は言葉にならなかった。
目次
グラウンドの外から、筆者が思うこと
以下は、指導者経験と保護者経験の両方を持つ筆者の個人的な見解です。正解は一つではないと思っていますが、参考になれば。
- 子供がなかなか本音を話してくれない。どうすれば話してくれるようになる?
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「話してくれない」のではなく「話せない理由がある」と考えてほしいです。お金の話を子供の前でしていないか。「続けることが大事」という空気を出していないか。辞めた選手の話を否定的にしていないか。
子供は全部聞いています。全部見ています。「辞めてもいいよ」という言葉を一度でも言っておくだけで、空気が変わることがあります。
- 合宿費や遠征費の連絡が子供経由で来る。金額を知られても問題ない?
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知られること自体は問題ないですが、その後の親の反応が大事です。「また高い」「しょうがない」という言葉が子供の前で出ると、子供は「お金のことで迷惑をかけている」と感じてしまう。金額を知っている子供が「辞めたい」と言えなくなる原因の一つになります。
お金の話は、できるだけ子供のいない場所でするか、「これはサッカーへの投資だから気にしなくていい」と明示しておく方がいいと思います。
- 「こんだけお金かかってるんだから頑張れ」は言ってはいけない?
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冗談でも言わない方がいいと思っています。子供にとっては冗談に聞こえない。「お金のために続けなければならない」というプレッシャーになってしまう。頑張ってほしい気持ちは伝わりますが、お金を理由にするのは避けてほしいです。
- 辞めた選手のことをチームが悪く言っている。どう対応すればいい?
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子供がその場面を見ていたなら、家で「辞めることは悪いことじゃない」とはっきり言っておいてほしいです。「辞める=根性がない」という空気の中にいると、子供は辞めることへの罪悪感が強くなっていく。辞めた選手を悪く言うチームの文化自体、問題があると思っています。
- 子供がサッカーを続けているのか、惰性で続けているのか分からない。
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「今サッカー楽しい?」と直接聞いてみてください。「楽しい」と答えたら続ければいい。「分からない」「別に」という答えが返ってきたら、もう少し掘り下げてみる。「辞めてもいいんだよ」という言葉をセットで伝えておくと、本音が出やすくなります。
- 親としてサッカーにどこまでコミットすればいい?
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私個人としては、少し引いた方がいいと思っています。送迎、弁当、洗濯、遠征の付き添い。全部やってあげたい気持ちは分かります。でも、親が深くコミットするほど、子供は「辞めたい」と言いにくくなる。たかが習い事、たかが遊びだ、というくらいの距離感を親が持っていると、子供も「辞めたくなったら言える」と思いやすくなります。
プロになれるレールに乗っているわけでもない。辞めてから勉強すれば、難関大学・人気大学・専門学校・海外と進路の選択肢が広がる高校に行ける可能性だってある。その事実を、親自身が知っておいてほしいです。
登場する人物・団体はすべてフィクションです。でも、完全な作り話でもないかもしれません。