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試合が終わった。
Lはグラウンドの端でスパイクを脱ぎながら、スタンドの方をちらっと見た。
親が来ていた。試合中もずっとそこにいた。何をしているのかよく分からないまま、ただ見ていた。
帰りの車に乗り込むと、すぐに聞かれた。

今日どうだった?

(どうだった、って言われても……何を答えればいいんだろう)

まあ、普通

あの、コーチがすごく怒鳴ってたけど、大丈夫なの?

(あれは俺だけじゃないし、いつものことなんだけどな……)

別に、みんなそんな感じだから

そうなの?なんか見てて心配で

(心配してくれてるのは分かるけど、説明するのもめんどくさい)
Lは窓の外を見た。それ以上何も言わなかった。
しばらく沈黙が続いた。

ねえ、今日はどうだったの? 私、よく分からなくて
父親がバックミラー越しにLを見た。

後半、いつもより縦に多めに仕掛けてたな。コーチから指示あったのか?

(え……お母さんが父さんに聞いてたんだ)

……自分で判断した

そうか。相手がカットイン警戒してたもんな。何度か完全に逆とっててよかったよな。
母親が前を向いたまま言った。

【セリフ】そうなの、すごいじゃない

(……なんか、悪くない)
母親はハンドルを握ったまま、前を向いていた。でも口元が少し緩んでいるのを、バックミラー越しにLは見た。
翌週の試合。
また親が来ていた。相変わらず、試合中は何が起きているか分からないまま見ていた。コーチが怒鳴るたびに、少し体が固まっていた。
試合後、スタンドを降りながら、親は隣にいた別の保護者に小声で聞いていた。

あの、うちの子、今日どうでしたか? 私、サッカーよく分からなくて
その保護者は経験者だった。

前半はフォーメーション噛み合ってなかったのか苦労してましたけど、後半ボールの受ける位置よくなってましたよ。後半ボールがうまくまわったのは、息子さんの貢献が大きいですね。

そうなんですね……ありがとうございます
Lはその会話を、少し離れたところで聞いていた。

(……聞いてたんだ)
恥ずかしいような、悪くないような、不思議な気持ちだった。
ある夜、リビングでのことだ。

ねえ、好きな選手って誰?憧れてる人いる?

(急になんで)

デ・ブライネかな

へえ、どんな選手なの?

(説明するの難しいんだけどな……)

パス、めちゃくちゃうまいんだよ。ボール持った時の視野が広くて、誰も気づかないところに出せる

ふうん。見てみる
その夜、Lが部屋から出てきたら、母親がタブレットでデ・ブライネのプレー集を見ていた。

(え、本当に見てるんだ)
翌週の試合。前半の終わり際、Lがボールを受けてトラップで相手をはがし、長めのスルーパスを通した。

あ、今の! デ・ブライネみたいだった!
歓声の向こうから、いつもの聞き慣れた声が聞こえた気がした。

(……分かるんだ)
Lはそのまま走り続けながら、少しだけ笑った。

