第10話:監督がいない日の、グラウンド

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「よし、じゃあゲーム形式いくぞ」

Fコーチの声に、選手たちの動きが変わった。

声が出る。笑いが出る。ミスをしても「もう一回!」と自分たちで切り替える。Hは相手を抜こうとして引っかかった。Fコーチが言った。

「ナイスチャレンジ。次、同じ場面来たらもう一工夫考えて、仕掛けてみよう」

Hはもう一度仕掛けた。今度は抜けた。

「そう! それでいい!」

グラウンドに笑い声が響いた。Hは思った。サッカー、楽しいな。


翌週。監督が来た。

ウォーミングアップが終わった瞬間、グラウンドの空気が変わった。

声が消えた。笑いが消えた。選手たちの目が、監督の方をちらちらと見ている。

ゲーム形式が始まった。Hは同じ場面で仕掛けようとした。足が一瞬止まった。

(ここで取られたら怒鳴られる)

結局、横にはたいた。安全なパスを選んだ。

「そうだ! 無理なチャレンジはいらない」

監督が叫んだ。

Hは何も感じなかった。ただ、怒鳴られなかった、とだけ思った。


練習が終わった後、Hはグラウンドの隅でボトルの水を飲んでいた。チームメイトのIが隣に座った。

「なんか、監督いる日って疲れるよな」

「うん」

とHは答えた。

「Fコーチの時の方が、なんか楽しくない?」

Hは少し考えてから言った。

「楽しいけど……それって言っていいのかな」

Iは笑った。「まあね」

二人とも、それ以上何も言わなかった。


Hには、最近気になっていることがあった。

監督がいない時の自分と、監督がいる時の自分が、まるで違う。

Fコーチの前では仕掛ける。チャレンジする。ミスをしても「次」と切り替えられる。監督の前では安全なプレーを選ぶ。怒鳴られないことを考える。ミスをすると次のプレーまで引きずる。

どちらが「本当の自分のサッカー」なのか、よく分からなくなってきた。

試合に出た時、どちらでプレーすればいいのか。監督がベンチにいる。Fコーチもいる。どちらの顔色を見ればいいのか。

結局、怒鳴られない方を選ぶ。それだけだ。

チャレンジして失敗するより、安全にやって怒鳴られない方がいい。そう思うようになったのはいつからだろう。

サッカーが「楽しいもの」だった頃のことを、Hはまだ覚えていた。


目次

グラウンドの外から、筆者が思うこと

以下は、指導者経験と保護者経験の両方を持つ筆者の個人的な見解です。正解は一つではないと思っていますが、参考になれば。


監督がいる時といない時で子供の様子が違う。それって普通のこと?

残念ながらよくあることです。ただ、普通のことではないと思っています。指導者の前でも後ろでも同じようにプレーできる環境が理想で、そうなっていないということは、怒鳴られることへの恐怖が判断に影響しているということです。

「怒鳴られないようにやる」サッカーと「チャレンジするサッカー」は全然違う。それが子供の中で混在している状態は、成長という意味では良くない。

子供が「監督がいない練習の方が楽しい」と言ってきた。どう受け止めればいい?

正直な気持ちを話してくれたことを、まず受け止めてあげてほしいです。否定しないでほしい。「そうか、楽しくないのか」ではなく「そっか、Fコーチの練習は楽しいんだね」という形で。

その上で、なぜ楽しいのかを一緒に考えてみる。「チャレンジできるから」「怒鳴られないから」という答えが出てきたら、それはとても大事なことを子供が言語化できているということです。

チャレンジして失敗した時に怒鳴る指導者は問題なの?

チャレンジへの失敗を怒鳴ることは、選手の判断を萎縮させます。サッカー以外の場面でも、自分の判断より「怒られない選択」を優先する癖につながることがあります。自分で判断できない選手になっていく。試合中に新しい局面が来た時、チャレンジではなく安全策を選ぶ癖がつく。

育成という観点では、チャレンジへの失敗は責めず、同じミスの繰り返しだけを指摘する、というのが基本的な考え方です。

監督の前とコーチの前で、子供のプレーが変わっている。何か問題あるの?

「怒鳴られないようにやる」が習慣になってきているサインかもしれません。チャレンジして失敗するより、安全にやって怒鳴られない方がいい、という判断が定着すると、自分で考えてプレーする力が育ちにくくなる。

サッカーの話だけでなく、日常でも「怒られないようにやる」という思考になりやすい。子供が「最近サッカーつまんない」と言い始めたら、このあたりが原因かもしれないと思って話を聞いてみてください。

保護者としてこの状況をどうすればいい?

まず、子供が家でサッカーの話をしているかどうかを見てほしいです。楽しそうに話しているか、黙っているか。練習に行く前の顔と、帰ってきた後の顔が変わっていないか。「楽しい」という気持ちが消えかけているなら、それは見逃してはいけないサインです。

指導者への働きかけは難しいことが多いですが、子供の気持ちを定期的に確認すること、そして「サッカーが楽しくなくなったら話してね」と伝えておくことは、今すぐできることです。

登場する人物・団体はすべてフィクションです。でも、完全な作り話でもないかもしれません。

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この記事を書いた人

教員免許(中高保健体育)を持つ40代の元サッカー指導者。自身もトレセンにひっかかるくらいには経験があり、大学ではサッカーの試合における”流れ”をテーマに研究。息子がジュニアユースでプレーしたことをきっかけに、首都圏のJ下部・街クラブ・中高サッカーを徹底調査。その備忘録として本メディアを開設。

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