第9話:なんでこの練習するんですか

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その日の練習は、監督が不在だった。

Fコーチが仕切る練習は、どこか空気が違う。選手たちの声が出やすい。質問しやすい。監督がいる時は「はい」しか言えないのに、Fコーチの前では「なんでですか」が言える。

ウォーミングアップが終わった後、GのチームメイトがFコーチに聞いた。

「今日のメニュー、何を意識すればいいですか」

Fコーチは少し嬉しそうに答えた。

「今日は相手のプレスを外す動きを意識してほしい。ここでのパスの受け方が、試合のビルドアップの場面で直結するから」

なるほど、とGは思った。そういう意図があったのか。


Gには、ずっと聞けないでいた質問があった。

監督が来た時の練習メニューのことだ。毎週火曜日、監督が仕切る日は決まって同じメニューが並ぶ。長距離走、うさぎ跳び、インターバルトレーニング。ひたすらきつい。終わった後はへとへとになる。

先月、GはYouTubeでサッカーの育成に関する動画を見ていた。そこで元Jリーガーのコーチがこう言っていた。

「うさぎ跳びは膝への負担が大きく、現代の育成では推奨されていないトレーニングです。長距離走もサッカーの動きとは異なるため、効果は限定的です」

Gはその動画を3回見た。

でも監督には言えなかった。


練習の合間に、GはFコーチに近づいた。

「あの、聞いていいですか」

「なに?」

「監督の時の練習メニュー、うさぎ跳びとか長距離走とか……YouTubeで、あまりよくないって見たんですけど」

Fコーチは少し間を置いた。

「……よく調べてるね」

「意味ないんですか」

「意味がないとは言わない。ただ、現代の育成では別のアプローチが主流になってきているのは確かだよ。うさぎ跳びは膝への負担が大きいし、長距離走よりもサッカーの動きに近いインターバルトレーニングの方が効果的という研究もある」

「じゃあなんで…」

Fコーチはそれ以上答えなかった。

Gには分かった気がした。Fコーチも、監督には言えないのだ。


もう一つ、Gが気になっていることがあった。

グラウンドの開放日のことだ。練習がない日でも、監督はグラウンドを開放している。そして言う。

「来た奴が上手くなる。自主練に来い」

週7日、グラウンドに来ることができる。実際に毎日来ている選手もいる。監督はその選手を褒める。「あいつは本気だ」と。

でも先月、毎日来ていたチームメイトが膝を痛めて離脱した。

Gはまた動画を検索した。「成長期 サッカー オーバートレーニング」。出てきた動画の中で、スポーツ医学の専門家がこう言っていた。

「成長期の選手に週7日の練習は推奨されません。筋肉や骨の回復が追いつかず、怪我のリスクが高まります。適切な休養こそが成長を促します」

Gはその動画も、監督には見せられなかった。


帰り道、Gはイヤホンをつけながら思った。

Fコーチに聞いたら答えてくれる。YouTubeで調べたら分かる。でも監督には聞けない。監督の練習の意味も、週7の是非も、誰も言えないまま続いていく。

グラウンドに来た奴が上手くなる、と監督は言う。

でも、グラウンドに来すぎて怪我した奴のことは、誰も言わない。


目次

グラウンドの外から、筆者が思うこと

以下は、指導者経験と保護者経験の両方を持つ筆者の個人的な見解です。正解は一つではないと思っていますが、参考になれば。


うさぎ跳びや長距離走は本当に意味がないの?

現代のスポーツ科学の観点では、成長期への負担を懸念する声が多く、うさぎ跳びでグラウンド1週など膝への負担が大きいトレーニングは推奨されていないと思います。長距離走もサッカーの動きとは異なるため、効果は限定的とされています。ただし、正しく行えば、「まったく意味がない」とも言い切れない部分はあります。

精神的な強さを育てる、という意図で行われることもありますが、現代では『怪我のリスクを冒してまで、サッカーと関係のない理不尽に耐える根性を育てる意味はない』という考え方が主流です。

本当に必要な『試合中の粘り強さ』や『精神的タフさ』は、身体を壊すメニューではなく、強度の高いゲーム形式の練習や、正しい競争の中でしか身につかない、ということは大人が知っておくべきです。

週7日練習できる環境は、良いことじゃないの?

環境として開放されていることは悪くないですが、成長期の選手が毎日練習することは推奨されていません。スポーツ医学の観点では、適切な休養が筋肉や骨の回復を促し、結果として成長につながります。

「来た奴が上手くなる」という考え方は一面では正しいですが、「休んだ奴が怪我をしない」という視点も同じくらい大事です。特に成長期はオーバートレーニングによる怪我のリスクが高い。週に1〜2日の完全休養は、サボりではなく必要な回復です。

子供がYouTubeで「この練習は意味がない」という情報を見てきた。どう対応すればいい?

まず、情報を調べてきたこと自体は良いことだと思います。ただ、YouTubeの情報がすべて正しいわけではないので、「そういう考え方もあるんだね」と受け止めながら、一緒に調べてみるのがいい。その上で、もし本当に問題があると思うなら、子供を通じてではなくコーチや監督に直接聞いてみる方がいいです。「最近こういう情報を見たんですが、どう考えますか」という形で。

練習の意図を説明してくれないコーチや監督に、どう対応すればいい?

保護者から直接聞くのは難しい場面もありますが、子供が聞きやすい環境があるかどうかは大事なポイントだと思います。「なんでこの練習をするのか」を選手が聞けるチームと聞けないチームでは、選手の理解度と成長速度が変わってきます。

もし子供が「練習の意味が分からない」と言っているなら、「Fコーチに聞いてみたら?」と背中を押してあげるだけでも違います。

怪我のリスクを感じたら、親として何ができる?

まず、子供の体の状態を毎日確認することです。「どこか痛いところない?」と聞く習慣をつける。子供は「言ったら休まされる」「弱いと思われる」という理由で痛みを隠しがちです。

痛みがあるなら休ませる、という判断を親がしてあげてほしい。チームに「休ませます」と伝えることをためらわないでください。成長期の怪我は、放置すると取り返しがつかないことがあります。

もし『怪我で休んだら評価を下げられる、干される』という恐怖を親が感じてしまうようなチームなら、それは完全に指導者のエラーです。

取り返しのつかない大怪我(疲労骨折や剥離骨折など)をしてサッカー人生を終わらせるリスクに比べたら、一時的に評価が下がることなど微々たる問題です。我が子の『一生の身体』を守るために、親が最初の防波堤になってあげてください。

登場する人物・団体はすべてフィクションです。でも、完全な作り話でもないかもしれません。

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この記事を書いた人

教員免許(中高保健体育)を持つ40代の元サッカー指導者。自身もトレセンにひっかかるくらいには経験があり、大学ではサッカーの試合における”流れ”をテーマに研究。息子がジュニアユースでプレーしたことをきっかけに、首都圏のJ下部・街クラブ・中高サッカーを徹底調査。その備忘録として本メディアを開設。

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