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3年生の春先から強豪高校との練習試合という名のお披露目会が始まり、そこから夏休みにかけて、チームの空気が少しずつ変わっていく。
練習後のロッカールームで、Aが言った。夏休みに、監督からパイプのある私立強豪校のセレクションを受けたらしい。サッカーの実力は本物で、セレクションは問題なく突破した。内申はオール3に届いていないが、サッカー推薦であれば関係ないらしい。先週、内々の連絡が来た。
チームは毎年、内申表のコピーを提出させている。オール3あれば、チームが紹介できる私立強豪校のほとんどをカバーできる。オール4取れていても、チームのパイプが効く高校という意味では大して選択肢は増えない。監督はその数字を見て、どの高校に話を通すかを判断していた。そういう仕組みだ。
Bも似たような状況だった。志望校のスポーツクラスは、顧問同士のパイプで夏には話がついていた。内申はオール3あれば十分だった。
とBが言った。Rは二人の話を聞きながら、ボトルの水を飲んだ。
何も言わなかった。
Rが目指しているのは、公立進学校のサッカー部だ。
賢くて、サッカーも強い。サッカー推薦はない。一般入試のみ。内申はオール4以上が当たり前で、当日の学力試験も必要だ。サッカーの実績は関係ない、とは言いきれないが、ウェイトはそれほど大きくない。当たり前だが、試験当日まで結果は分からない。
今の内申は4が半分、3が半分。あと一歩足りない。
定期テストまで3週間。本当は今週の練習を少し抑えて勉強時間を作りたかった。でも言い出せなかった。先週、別の選手が「テスト前だから」と練習を休んで、帰ってきた時の空気を見ていたから。
練習は全員同じように続く。AもBもRも、同じメニューをこなす。
帰り道、Aが
とRに聞いた。
とRは答えた。
「え、じゃあ当日まで分からないじゃん。きつくない?」
Rはそれ以上説明しなかった。内申の話も、学力試験の話も、テスト前に練習を休みにくい話も、しなかった。
家に帰ると、母親が
と聞いた。
と答えて、部屋に入った。問題集を開いたのは、22時を過ぎた頃だった。
同じチームで、同じ練習をして、同じ試合に出ている。
でも、「サッカー以外の時間」は、全員違う。推薦が決まった子は、肩の荷が下りた顔でボールを蹴っている。Rはまだ、何も決まっていない。
試合当日まで分からない、というのはそういうことだ。
目次
グラウンドの外から、筆者が思うこと
以下は、指導者経験と保護者経験の両方を持つ筆者の個人的な見解です。正解は一つではないと思っていますが、参考になれば。
- サッカー推薦で行く子と、一般受験で行く子が同じチームにいる。何か問題あるの?
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問題というより、温度差が生まれやすいということです。推薦が決まった子はそれ以降、進路への不安がなくなる。一般受験の子はまだ結果が分からないまま、勉強とサッカーを並走させなければならない。同じ練習をしているのに、心理的な状況がまったく違う。それ自体は仕方ないことなんですが、その温度差を誰も言葉にしないまま練習が続いていく。
- テスト前に練習を休みにくい空気があるのはどうすればいい?
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これはチームのルールと文化の問題で、保護者一人ではなかなか変えられない部分があります。ただ、「定期テスト前の1週間は練習強度を下げる」「テスト期間中の欠席は認める」というルールを設けているチームも増えています。
もしそういうルールがないなら、保護者会や個別にコーチに相談してみる価値はあると思います。「うちの子だけ」ではなく「チームとして」という形で話せると動きやすい。
- 内申表のコピーをチームに提出するのはなぜ?
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監督がどの高校のパイプを使うかを判断するためです。内申がオール3に届いていなければ、それなりの高校にしか推薦できない。オール3あればより選択肢が広がる。チームにとっても「強豪校に何人送り込めたか」は実績になるので、内申を把握しておく必要がある。逆に言えば、内申表を見せることで監督が動いてくれる、という側面もあります。
- オール4あればサッカー推薦でもっといい高校に行けるんじゃないの?
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オール4あれば、サッカー推薦ではなく一般の入試形式で合格が狙える学校も多いでしょう。地域や年度差はありますが、オール4取れている選手であれば、サッカー推薦より一般入試・併願などの制度を使った方が選択肢が広いケースも少なくありません。
ただそこはチームのパイプが効かないこともあります。セレクションと当日入試を自力で突破する必要がある。仮に、チームが紹介できる高校はオール3あれば十分のところだった場合、オール4取れている子には「うちのパイプは使えない」という現実がある。結果として「そんなに取れてるなら練習優先でしょ」という空気になりやすい。
でも当の本人は、内申を維持しながら入試準備もしながら練習も続けている。一番しんどい立場かもしれません。
- 公立の進学校サッカー部を目指す場合、サッカーの実績は関係ないの?
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まったく関係ないわけではありません。推薦入試であれば、サッカーの実績は他の部活動の実績と同じようにアピール材料になります。ただ、ウェイトはそれほど大きくない。関東大会や全国大会に出ていれば強いアピールになりますが、一般的なクラブチームではそこまでの成績を持っている選手は多くない。
たとえば、埼玉の公立高校は調査書に「特別活動」の配点があり、郡市レベルの大会から対象になっています。サッカーの実績があれば、部活動未所属の受験生より加点される可能性がある。その意味では、他の都県の公立よりは多少有利かもしれません。東京は内申点のみで特別活動の配点がないので、この点は埼玉の方が有利ですね。
ただ、加点がべらぼうに大きいわけではないし、当日の学力試験で決まるという本質は変わらない。内申と学力試験の準備が最優先であることは間違いないです。
- 子供が公立の進学校サッカー部を目指したいと言っている。サッカーと勉強、両立できるの?
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できます。ただし、かなり意識的にやらないと難しい。移動時間や隙間時間を使った勉強の習慣、テスト前の計画的な練習との調整、早めからの内申対策。どれか一つでも後回しにすると、気づいた時には間に合わない、という状況になりやすい。チームに頼らず、家庭で戦略を立てることが必要になります。
一般入試で公立進学校に進む子は、中3の秋に『自分で時間を管理し、プレッシャーに耐えながら二つのタスクをこなす』という、人生最大級の自立を経験します。これは推薦で早く決まった子が経験できない、一生モノの強さになります。今が一番しんどい時期ですが、我が子の『自立の瞬間』をどうか支えてあげてください
- 推薦が決まった子とそうでない子、親としてどう接すればいい?
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他の家庭の進路を羨ましがったり、焦らせたりしないことだと思います。「○○くんはもう決まったね」という一言が、子供にとってはプレッシャーになる。それぞれの家庭がそれぞれの戦略で動いている。我が子の進路は我が子のペースで、が基本です。ただ、情報収集は早めに。内申基準や出願スケジュールを知らないまま中3の秋を迎えると、取り返しがつかないことになりやすい。
登場する人物・団体はすべてフィクションです。でも、完全な作り話でもないかもしれません。