第6章:【リスタート】サッカーを捨て、勉強で掴んだ難関高校合格

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ソルジャーFCを辞めた翌月、私は久しぶりに古巣を訪ねた。小学生時代に所属していたテクニックFCの監督への報告だ。

「チームを辞めました。というか、もうサッカーはしたくないそうです」

私が経緯を話すと、普段は温厚な監督の顔がみるみる赤くなった。

「あいつか……!」

どうやら監督同士は古い知り合いらしい。

「ソルジャーFCに決めたと言うから話せなかったけど、あのチームにはそういう噂あったんだよ。強引にでも止めておけばよかったな..本当に申し訳ない」

と、謝る必要などないのに謝罪してくれ、自分のことのように悔しがってくれた。そして、「もし、まだサッカーを嫌いになっていないなら」 と、その場で電話を取り出した。

相手は、関東大学リーグに参加している名門大学のコーチで、大学に関連するクラブチームのサポートもしているらしい。

「あそこなら大学のグラウンドで伸び伸びやれる。あいつの技術なら絶対通用するから」

特別に設定してもらった練習会に参加してみると、確かに息子の技術は錆びついていなかった。 1つ上の学年に混じっても、持ち前のテクニックと動きは健在で、久しぶりにボールを蹴る息子の顔には笑みが戻っていた。先方にも、「大学まで見据えて、今からでも入部してほしい」と言ってもらえた。

しかし、帰りの電車で息子が呟いた。

「……遠いな。あとコーチの顔がちょっと怖い(笑)」

練習に行くには片道1時間半かかること。そして何より、大人の男性の指導者に対する恐怖心という、まだ癒えていない心の傷。

「今は、無理しなくていい」

私の言葉に、息子は少しホッとしたように頷いた。私たちは丁重に入団を断った。中学校の部活にも入らなかった。

これで、息子の生活から、私たち家族から「サッカー」は完全に消滅した。

***

家の中から「生のサッカー」の音が消えた。 一番重症だったのは、妻だった。

テレビでサッカー関連のニュースが流れたり、私がYouTubeでユース年代のサッカー動画を見たりしていると、彼女は「チャンネル変えて」と顔を背けた。あんなに熱心に応援していたのに。画面の向こうで走る同年代の選手を見ると、理不尽に奪われた息子の未来を思い出してしまうからだ。

けれど、私は知っていた。 妻がたまに一人、深夜のリビングでタブレットを見つめていることを。

映っているのは、ジダンやアンリ、ベルカンプといった往年の名選手、ゴレツカ、クロース、デ・ブライネ、F・デヨングといった息子のポジションで見本にしていた選手たちのプレー集だ。

私が切り取った息子のプレーは直視できない。けれど、かつて息子と一緒に「ここが凄いね」と目を輝かせて研究していた動画たちは見れる。

今の残酷な現実は見たくない。でも、あの輝いていた季節の記憶だけは手放したくない。そんな彼女なりの、切ない抵抗だったのかもしれない。

一方で、息子は淡々としていた。 勉強の合間の息抜きに手に取るのは、スマホ。どうやらサッカーゲーム。画面の中で選手を動かしている。 「現実のサッカーはもういい」と言いながら、指先はまだピッチの上を求めている。無意識の未練が、そこにはあった。

しかし、そのエネルギーの矛先は、すべてペンとノートに向かった。 中3になると、彼は狂ったように勉強を始めた。

「サッカー推薦だとその先わからないじゃん。実力で行きたい高校に行く」

理不尽な大人に人生を左右されるのはもう御免だ、という怒りが原動力だったのかもしれない。かつて自由研究で調べた「文武両道」への道筋を、自らの手で切り開き始めたのだ。

成績は垂直に上昇した。体育以外は大半が「3」で埋められていた通知表が、またたく間に「4」と「5」に変わっていく。塾の自習室に籠もり、サッカーで培った体力と集中力で、難問を解いていく。

そして春。 彼は見事、現役東大合格者を多数輩出している都内でもトップクラスの進学校の合格を勝ち取った。

「サッカーしか能がない」と思われがちな元チームメイトたちへの、痛快なリベンジだった。

***

「部活、どうするんだ?」

高校入学の夜、恐る恐る聞いてみた。親としては、またサッカーをしてほしい気持ちが捨てきれなかったからだ。 しかし、彼が選んだのは意外な競技だった。

「テニス部にしようかな」

サッカー部は? とは聞けなかった。 彼なりに、まだサッカーと正面から向き合うのが怖いのかもしれない。私たちはその選択を尊重した。

だが、面白いことに、そのテニス部には「類友」が集まっていた。 中学時代、クラブチームで燃え尽きたり、怪我で挫折したりした「元サッカー小僧」たちが何人もいたのだ。彼らはラケットを握りながらも、足元の感覚を忘れていなかった。

ある晴れた土曜日。

「今日、部活終わりサッカーしない?」

誰かが言い出したようだ。部活終わりに彼らが向かったのは、学校の近くのデパートの屋上にあるフットサル場。 テニス部の練習着をきている集団が、ボールを蹴る。ラインを割っても気にしない。審判もいない。

ミスをしても怒鳴る監督はいない。

「お前、へたくそだなー!」
「うるせーよ!」
「エラシコできんのかよお前!?」
「チャリーン(股抜き)」

罵声ではなく、笑い声だけが響く。

人工芝の上を駆け回りながら、息子は思い出していたのだろう。

初めてリフティングが10回できた日の夜を。「剥がすまでパス禁止」と言われてニヤニヤしていたあの頃を。

(ああ、なんだ。サッカーって、こんなに楽しかったんだ)

凍りついていた心のかさぶたが、デパートの屋上のフットサルコートから見上げた空の下、ポロリと剥がれ落ちていった。

高校2年生になる春。 帰宅した息子が、リビングで唐突に言った。あの言葉を。

この連載は、実体験をもとにした記録です。特定の個人・団体を指すものではなく、同様の状況で悩む方の判断材料として公開しています。※人物名・団体名・一部の設定や表現を変更・脚色しています。

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この記事を書いた人

教員免許(中高保健体育)を持つ40代の元サッカー指導者。自身もトレセンにひっかかるくらいには経験があり、大学ではサッカーの試合における”流れ”をテーマに研究。息子がジュニアユースでプレーしたことをきっかけに、首都圏のJ下部・街クラブ・中高サッカーを徹底調査。その備忘録として本メディアを開設。