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「来週の練習、グラウンド変更になったって」
帰り際、MがチームメイトのNに声をかけた。

「え、聞いてない」
Nは首を傾けた。たしかに、連絡アプリには何も来ていない。家に帰って母親に聞いてみると、母親も知らなかった。

「Mのお母さんから聞いたんだけど、どこで知ったんだろう」
翌日、NがMに聞いてみた。

「お母さんがEコーチから直接聞いたって言ってた」
Mの母親とEコーチは、仲がいい。
悪い意味ではない。Mの母親はチームの運営をよく手伝っていて、コーチとも話す機会が多い。Eコーチも、相談しやすい保護者がいると助かる。互いによかれと思っている。
ただ、気づかないうちに情報の流れが偏っていた。
グラウンド変更の連絡が全体に届く前に、Mの母親だけが知っていた。Mの母親はMに伝え、MはNに伝えた。全体連絡が来た時には、すでに「知っている人」と「知らない人」が生まれていた。
それだけなら、まだよかった。
ある日の練習後、Eコーチがぽつりと言った言葉をMは聞いていた。

「来月のセレクション、参加人数絞ることになりそうで」
コーチは独り言のつもりだったかもしれない。あるいはMの母親に向けて言ったのかもしれない。いずれにせよ、Mはその言葉を聞いた。
家に帰ってから、Mは母親に確認した。母親は知っていた。
「言わないでって言われてたんだけど」と母親は言った。「でもあなたには教えておいた方がいいと思って」
Mは翌日の練習で、チームメイトの顔を見ながら思った。

(この中で、知ってるの俺だけか)
なんとなく、居心地が悪かった。
逆のことも起きた。
ある保護者がEコーチに、自分の子供の悩みを相談した。

「最近、練習に気持ちが入っていないみたいで」
と。
Eコーチは親身に聞いた。次の練習から、その選手への声かけを少し増やした。
それ自体は悪いことではない。ただ、その選手は気づいていた。コーチの声かけが変わったことを。そして、母親がコーチに何か話したのだろうということを。
グラウンドでコーチに声をかけられるたびに、なんとなく恥ずかしかった。

(お母さん、余計なこと言わないでほしい)
そう思ったが、口には出せなかった。
コーチと特定の保護者が仲良くなることは、自然なことだ。運営を手伝ってくれる保護者はありがたいし、相談できる大人がいるとコーチも助かる。悪意は、どこにもない。
ただ、情報が偏る。それだけのことが、チームの中に小さなひびを入れていく。
「なんであそこだけ知ってたの」「コーチに話したら親に伝わった」。そういう話は、子供たちの間でじわじわと広がる。
そしてMは、ある日こう思った。
コーチと仲のいい親を持つのは、思っていたより、楽じゃない。

