第1話:帰りの車で、父は語り始める

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試合が終わった。

スコアは1-1。勝ちきれなかった引き分けだ。選手たちはユニフォームのまま、コーチの話を聞いている。

「今日のテーマはできてたと思う。守備ブロックの位置とディレイの判断、よくなってきてる。ただ——」

Dコーチの声は穏やかだ。大学2年生。指導者ライセンスを目指して勉強中で、今日の練習テーマも事前にしっかり考えてきた。悪い人間ではない。ただ、まだ線が細い。

スタンドの端で、Fの父親が腕を組んで聞いている。小さく首を横に振っているのが、Fの視界の端に映った。


前半のあの場面を、Fはまだ引きずっていた。

相手がボールを持った。前から行けると思った。足が動きかけた瞬間、ベンチから声が飛んだ。

「行くな! ディレイ!」

Dコーチの声だ。Fは足を止めた。間合いを保ちながら、じりじりと下がった。

「今のは行けよ! 取りに行け!」

スタンドから父親の声が飛んだのは、その直後だった。

Fは止まったまま、どちらにも動けなかった。中途半端な距離で立ち尽くしている間に、相手に前を向かれた。そのままパスを通されて、失点した。

試合中、Fは一度も父親の方を見なかった。


帰りの車。Fは助手席で窓の外を見ていた。

「前半のあの失点、あそこは絶対に前から行くべきだったよ。コーチが止めてたのは分かるけど、ああいう場面は取りに行かないと」

父親の話が始まった。

「うん」

とFは答えた。

「コーチがまだ分かってない部分があるんだよ。海外やプロの試合見てたら、ああいう場面は——」

Fは窓の外を見ながら、ぼんやりと思っていた。明日の練習で、あの場面になったらどうしよう。

コーチの声に従えばいいのか。父親の言う通りにすればいいのか。どちらが正しいのか、Fにはよく分からなかった。ただ、また同じ場面が来たら、また足が止まる気がした。

「うん」

と、もう一度答えて、Fはそれ以上何も言わなかった。


翌日の練習後。保護者が数人、グラウンドの隅で話していた。

「昨日の失点、あそこはプレスに行くべきでしたよね」

「コーチが止めてたけど、海外だったら絶対に取りに行く場面ですよ」

「若いから仕方ないですけどね」

何気ない会話だった。悪意はなかった。

ボールを片付けていたFには、その会話が全部聞こえていた。


目次

グラウンドの外から、筆者が思うこと

以下は、指導者経験と保護者経験の両方を持つ筆者の個人的な見解です。正解は一つではないと思っていますが、参考になれば。

経験者の父親として、試合中に声を出したくなる気持ちはよく分かる。それでも言わない方がいいの?

言わない方がいいです、というより、言うなら「コーチと同じ方向」にしてほしい、というのが正直なところではないでしょうか。「行け」と「行くな」が同時に飛んでくると、子供はどちらにも動けなくなる。足が止まる原因を、親が作ってしまっているかもしれない。

「ナイス」と「行け」の切り分けって、熱くなってる試合中にできるもの?

正直に言うと、私はできませんでした。応援のつもりが気づいたら戦術的な指示になっている、熱くなったら切り分けられない。だから私は試合中は黙っていることを意識していました。「声を出さない」と決めてしまえば迷わなくて済む。それが我が子への一番シンプルな応援だったかもしれない、と今は思っています。

もちろん、うまく切り分けられる方はそれでいい。ただ「熱くなったら無理」と感じているなら、黙っていることを選択肢に入れてみてほしいです。

そもそも、なんでコーチと親の見え方がこんなに違うの?

サッカー観、戦術論、プレースタイル、場面での選択の是非など、そもそも唯一の正解があるわけではないのがサッカーです。しかしそれ以上に、見ている景色が根本的に違うんだと思います。

親が見ているのは我が子一人の今と将来。あの場面でなぜ仕掛けなかったのか、あの判断は成長につながっているのか、視野の中心に常に一人の子供がいる。

コーチが見ているのは選手全員の今と将来と、チームの今と将来。あの選手が仕掛ければ別の選手のポジションが崩れる、今日のテーマを優先すれば個人の判断を制限することになる、という全体の中で判断している。同じ場面を見ていても、見えているものが違う。噛み合わなくて当然、とも言えます。

帰りの車で話すのもダメ?

帰りの車が一番やりがちで、一番効いてしまう場所だと思っています。まず子供に聞いてほしいのは「今日のコーチのテーマ、何だったの?」です。それを聞いてから話すのと、聞かずに話すのでは全然違う。子供がコーチの指示通りに動いていたなら、「なんであそこで行かなかったんだ」は的外れな指摘になってしまう。

コーチへの疑問はどこで言えばいいの?

直接コーチに聞くのが一番です。「昨日の試合のディレイの判断について、少し聞いてもいいですか」と。子供を通じて「コーチにこう聞いてこい」は、子供を板挟みにするだけなので避けてほしい。保護者同士でグラウンドの隅で話すのも、子供の耳に届いていることが多いですしね。

登場する人物・団体はすべてフィクションです。でも、完全な作り話でもないかもしれません。

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この記事を書いた人

教員免許(中高保健体育)を持つ40代の元サッカー指導者。自身もトレセンにひっかかるくらいには経験があり、大学ではサッカーの試合における”流れ”をテーマに研究。息子がジュニアユースでプレーしたことをきっかけに、首都圏のJ下部・街クラブ・中高サッカーを徹底調査。その備忘録として本メディアを開設。

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