▶︎ 連載目次ページはこちら
ソルジャーFCを辞めた後、私の手元には一枚のカードが残されていた。『JFA 暴力等根絶相談窓口』への通報だ。
先日の恫喝シーンの決定的な証拠動画はない。けれど、私の記憶と、息子の証言はある。そして何より、現場には何十人もの目撃者がいたはずだ。チームメイト、その保護者たち、相手チームのコーチ、選手もいる。
「はい、監督は暴言を吐いていました」
「理不尽な命令をしていました」
「恫喝してました」
「罰走をさせていました」
誰かが証言してくれれば、あの腐った王国を崩せるかもしれない。
私は息子、そして息子の仲間から聞いた数々のハラスメントの事実を整理し、JFAの投稿フォームへ入力した。
しばらくしてから、隣県のクラブ連盟を名乗る担当者から連絡があった。JFAから調査指示が下りてきたらしい。 面談の日程を調整し、私は洗いざらい話した。 担当者は真摯に耳を傾けてくれた。
「同じサッカー界にいるものとして、この実態はひどい」
と憤り、さらにこう続けてくれた。
「同じ地域にいるからこそ、我々が見てきた試合中の様子と一致しますし、あの監督ならやりかねないという感覚はあります。他チームの指導者として、その心証も付言します。」
ひと月ほど経った頃、連盟からフィードバックしたいと連絡があった。 電話口の担当者の声は沈んでいた。
「理事会で報告しました。そして、ソルジャーFC側にも聞き取り調査を行いました。しかし……」
向こうの主張、予想通りのものだった。
「『うちではそんな指導は一切していない。あちらの勘違いではないか』『暴言など、むしろ若いコーチたちに絶対するなよ、と苦言を呈している立場です』。そう主張しています」
唖然とした。しらを切るつもりだ。連盟の担当者は申し訳なさそうに続けた。
「実は、この県はこうした問い合わせが全国でも最も多い地域の一つなんです。だからこそ、うやむやにせずに対応したいのですが、相手が否定している以上、これ以上踏み込むには客観的な証拠が必要です。当日の何かしらの記録か、他の選手や保護者の証言をもらえませんか」
客観的な証拠。 あの日の話でなくとも、チームの異常性は「数字」を見れば明らかだった。
このクラブには、恐ろしい実績(データ)がある。毎年30~40人が入会するのだが、息子の代は、息子が辞めた後も退会は断続的に続き、卒団時には半分以下に減っていたようだ。これは決して珍しいことではなく、一つ上の世代も同様に、半分近い選手が途中で辞めていったという。
3年間で、半数が潰れる組織。
これはもはや「育成(育てて伸ばす)」ではない。大量に選手を入会させて、監督の言うことを聞く壊れなかった選手だけを残す、残酷な「選別(フィルター)」だ。 普通ならとっくに淘汰されているはずの組織だろう。
それでも、看板である「強豪」の座と、手元にある数枚の「高校推薦枠」がある限り、新しい入団希望者は後を絶たない。「半分が辞める」という事実は伏せられ、「強豪高校とのつながり」という光だけが宣伝される。この歪な構造こそが、指導者が変わらない最大の原因だった。
誤解のないようにしておきたい。
競争そのものを否定したいわけではない。厳しさが必要な場面があることも、分かっている。勝つために苦しい練習をすること。ポジションを争い、結果で評価されること。それはスポーツの本質だと思う。
ただ、それと暴言や恫喝、恐怖で従わせることは、明らかに違う。
事実として、プロの世界ですら、ハラスメントは問題として扱われ、処分の対象になっている。
「強豪だから」
「勝っているから」
という理由で、その線引きを放棄してしまった時、育成は、ただの選別装置になる。
そして、この今回の件の「証言」となるとさらに話は複雑になる。
証言。その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、息子のチームメイトたちと、その親たちの必死な顔だった。
「うちは勉強じゃ無理だから、サッカー推薦で高校に行くしかないのよ」
「監督に気に入られないとベンチ入りすらできない。なんとか機嫌を損ねないように必死なの」
「1試合でも『1部で試合にスタメンで出た』という実績がいるのよ」
「なんとか特待でねじ込んでもらって授業料おさえられないかな…」
かつてグラウンドの隅で聞いた、母親たちの悲痛な嘆き。 このチームにいる多くの選手にとって、監督は単なる指導者ではない。高校への「推薦枠(パイプ)」を独占的に握っている、生殺与奪の権力者なのだ。
妻が、信頼できそうなチームメイトの母親仲間に今回の件の告発を軽く話したことがあった。しかし、反応は拒絶だった。
「その話には関わりたくない」
冷たいのではない。彼女たちもまた、怯えているのだ。もし私が無理に証言を依頼し、深い調査が入れば、監督は逆上して犯人探しを始めるだろう。
「お前らの親も、裏で俺の悪口言ってるんじゃないか?」
その疑念の矛先は、チームに残っている子供たちに向かう。間違いなく、証言した側の選手は報復を受け、進路という命綱を断ち切られる。
(……巻き込めない)
なりふり構わず徹底的に戦えば、ハラスメントを認めさせられるかもしれない。でも、その勝利の代償として、息子の仲間たちの未来を焼き払うことになる。その下に連なる後輩たちの夢さえも。
彼らは今、恫喝や暴言、到底指導とは言えない理不尽な対応に耐えながら、必死に「推薦」という切符を手にしようとしているのだ。安全圏に逃げた私たちが外野から石を投げて、彼らの乗る泥船を沈めるわけにはいかない。
証拠がないこと。そして「推薦」という人質によって周囲を黙らせていること。 その二重の壁に守られ、彼は今日もグラウンドで怒鳴り散らしているのだろう。
「記録はとれていません。今チームに残っている選手やその保護者に、証言を求めることは…難しいと思います。」
「そうですよね…」
連盟も、難しいことは承知のうえで、一縷の望みにかけて私に聞いてくれたようだ。
状況を息子にも共有した。悔しがる私に、息子は静かに言った。
「仕方ないよ。残ってるあいつらにはあいつらの戦いがあるんだし、邪魔はしたくない。俺はもういいから。もうサッカーしないし。」
私は、息子の尊厳を取り戻したかった。気心知れた仲間とサッカーをもう一度やらせてあげたかった。ただ、現状では何もしてやれない申し訳なさに、立ち尽くすしかなかった。
それでも、今になって思うことがある。
もし、もっと早い段階で異変に気づいていれば。息子の心が「プツン」と切れてしまう前に、移籍という選択を考えられていれば。あるいは、中学の部活に途中からでも切り替える、そんな判断ができていれば。
「辞める」か「耐える」か。当時の私たちは、その二択しかないように思い込んでいた。だが本当は、もっと手前に、いくつかの逃げ道があったのかもしれない。
すべての家庭が、私たちと同じ選択をできるわけではない。「それでも、うちにはサッカーしかない」そう思いながら、理不尽な環境に耐え続けている家庭があることも、私は痛いほど分かっている。だからこそ、声を上げられなかったことを、誰かの弱さとして断じるつもりはない。
ただ、心が完全に折れてしまう前なら、移籍、カテゴリー変更、部活への転向といった選択肢をもう少し冷静に考える余地はあったのではないか――その後悔だけが、今も静かに残っている。

